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秋田地方裁判所 昭和48年(わ)83号 判決

主文

被告人を禁錮五月に処する。

この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるところ、昭和四八年一月二日午後八明二四分ころ、普通乗用自動車を運転し、男鹿市船川港船川字泉台六七番地附近の車道幅員約7.9メートルの道路を南進中、前方約六三メートルの地点附近に対向車を認め、前照灯を下向きにして時約二五ないし二〇キロメートルで進行したのであるが、このような場合自動車運転者としては、前方注視につとめ、進路の安全を確認しながら進行して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、対向車の前照灯に眩惑されるのを避けようとして、視線を道路左側端に向け、進路正面の安全を確認しないで進行した過失により、おりから進路前方を同一方向に歩行中の籾山ヒトエ(当時六六才)に気付くのがおくれ、対向車とすれ違つた直後、約四メートル前方に、はじめて同女を認め、急制動の措置をとつたが間に合わず、自車前面中央部を同女に衝突させて同女をボンネットにはね上げたうえ路上に転倒させ、よつて、同女に対し頭蓋骨骨折の重傷を負わせ、同日午後八時三〇分ころ、同所において、同女を右傷害により死亡させたものである。

(証拠の標目)〈略〉

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は(一)本件事故現場の道路状況からみて、被告人には、道路中央線寄りを自車と同一方向に向かう歩行者のあることを予見すべき義務がなく(二)仮にこの予見義務があるとしても、被告人において、自車の制動距離の範囲外に歩行者を発見できたものと断定すべき証拠はない旨主張する。

よつて、証拠を検討すると、本件現場附近の道路は、その西側に、さくによつて区画された幅約一メートルの歩道があり、事故現場南方の男鹿市役所前、船川第一小学校前の三カ所に横断歩道が設置されている。しかし、道路東側には商店、民家が立並んでいるが歩道はなく、横断禁止の規制はなされておらず、同所附近の車両の最高速度は時速四〇キロメートルに制限されている。本件事故当時は、正月二日の夜であり、また天候も悪かつたため車両、歩行者の交通が閑散であつた。本件被害者は、現場の北方道路東側の籾山亀次郎方を訪ねた後自宅に帰るべく現場道路の左側部分(幅員約3.9メートル)を南に向かつて歩行していたが、衝突地点の手前の道路左端に水たまりがあつたため、道路中央に寄つて進み、衝突時においては道路左側端から約2.8メートル内側の地点附近に位置していた。以上の事実を認めることができ、これらの事実を合わせ考えると、本件現場附近における歩行者は、その西側の歩道を通行するか、あるいは東側を通行するにもしてもその側端に沿つて通行すべきものであるとはいい得るとしても、現時の歩行者の通行の実態にかんがみれば、本件現場附近においても、横断歩行者や道路中央寄りを歩行する者のあることを予測するのはそれほど困難なことではないと認められ、車両運転者としては、これを予測すべき義務があるものというべきである。

つぎに、前記証拠によれば、被告人は、衝突地点のすくなくとも約二〇メートル手前で対向車を認め、互いに前照灯を下向きにし、その後被告車両が数メートル進行した際、被告人は視線を道路左端の方にそらし、前方を十分注視しないまま進行し、対向車とすれ違つた直後に被害者を発見したものであることが明らかである。ところで、夜間走行中の車両の運転者は、その視野が狭くなつているうえ、対向車の前照灯による眩しさの影響を受けるため、前照灯の光のみで歩行者を発見することが困難な場合があるとされ、とくに歩行者が道路中央線附近にある場合には、自車と対向車との前照灯の光芒の交錯等によりいわゆる蒸発現象が起き、歩行者が見えなくなることがあるものとされていることは弁護人主張のとおりである。しかし、この蒸発現象は、歩行者が道路中央に位置し、自車および対向車のいずれも走行ビームであるときに生じ易いものであるが、本件の場合のように互いにすれ違いビームで、歩者行の手前数メートルで離合する場合には、歩行者を全く認知できないのは、その手前約六〇ないし七〇メートルの地点のみであるとされているのみならず、本件被害者は被告人車両の前面左寄りないし中央に位置していたのであるから、蒸発現象によつてその発見ができなかつたものとは到底認められない。前記のような被告人車両、対向車両、被害者の位置、距離関係および被告人車両の速度からみれば、被告人車両の前照灯が泥はねのためその照射能力が低下していたとしても、被告人が前方に十分注意を払つていれば、その制動距離範囲外である約一五メートル手前で被害者を発見することができたものと認められ、結果回避は可能であつたというべきである。

したがつて、弁護人の主張はいずれも採用し難い。

(法令の適用)〈略〉

(量刑)〈略〉

(伊澤行夫)

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